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2006年6月27日 (火)

障害者と健常者

先日のピアノ発表会の時に出会いのあった視力障害者のチェロ奏者とお話をしている中で、その方は年配の方ほど障害者に対して偏見が多く辟易しているとの事でした。

私の知人にも障害者の方が数人居ます。その方達を見て思うのは、障害者という方達は大別して二つの生き方に分かれます。障害を乗り越える方と、そうでなく甘える方です。知育異常の方は除きます。

五体満足でない状態に対して乗り越えようとする方は他の手段を探し、修得し、磨き、研ぎ澄ます。それは健常者には出来ない事を為し遂げた尊敬すべき人達です。その方達とそうではない人達。障害に甘え、誰かに頼り、それが当たり前になり感謝を忘れた人達。この大きく違う人達を障害者と呼び一括りに扱うのはどう考えてもおかしい。

障害者と健常者という区分け、私は納得がいかない。税金や保険の区分だけなら良いが、一般生活でもこの言葉の下に分けているのが気に入らない。足が無かろうが、目が見えなかろうが、それはその人の個性の一つであり、人種を分ける必要はないだろう。障害者として分けて甘えさせるから甘えるヤツらがのさばる。乗り越えて頑張っている人には失礼極まりない。

全ての場所に於いてバリアフリーになれば、障害者と健常者の境が無くなり、障害のある人でも一人前の個性として扱われるようになるはず。

まあ、今の社会がそう言う風になっていて、それを引っ張って作り上げてきた世代に偏見が多いので、良くなるまでにはもうしばらく掛かりそう。政治家の世代交代があと3世代ぐらい必要かも?

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コメント

「盲目」は差別的意味を含んだ言葉であるとのご指摘を頂きました。
不勉強であるが故の失態です。そのような意図は全くありませんが、この発言により不快な思いをされた方々に深くお詫び致します。
また、ご指摘頂きありがとうございました。
反省のためしばらくこのままにしておきますが、数日後にこの発言を修正または削除します。

>2006-07-01 修正致しました。

投稿 Hybrid | 2006年6月28日 (水) 23時48分

この発言は、視力障害者でありながら楽器演奏だけではなく、ピアノ伴奏を御自分でパソコンにプログラムされ、更にマルチトラックレコーディングまでこなされるM氏との出会いにより感じたことをアップしたものです。

M氏は努力の末それらの技術を習得し、生活を楽しまれており、またその知識は確かなものであり、障害者の枠に囚われず挑戦してこられ、またこれからも続けて行こうとされる姿勢に感動を覚えたのです。
私の得意とする分野でもあったため、視力障害を持ちながらそれらの技術を習得することがどんなに困難であるか、すぐに理解できました。それは感動に拍車を掛けることにもなりました。素晴らしい出会いであったと思います。

障害者である知人は数人居ます。M氏のように障害を乗り越えようとする方も居ますが、そうでない方もいるのが現実です。障害者への偏見に対し、あらためて憤りを感じたので発言しました。
このような差別がない社会が理想だと思います。
この国はまだ遅れている。その意味では後進国です。
なんとかせねば!

投稿 Hybrid | 2006年6月29日 (木) 00時36分

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