訃報
ここ数年で何人目だろう、友人知人が亡くなったのは。年齢的にも身体的にも、死とは遠い場所にいるはずの人達が突然亡くなる。すべて音楽関係で、一緒のバンドで活動した人達。大事な仲間です。
昨日の早朝、ジョギングで国道を横断中、トレーラーにはねられたとのこと。横断歩道のないところだったらしいが、詳細は伝わってこない。
今朝の新聞にも掲載されていました。斎藤博彦さん。ドラマーであり、某銀行の役職者と聞いています。
下関ファンキージャズオーケストラのメンバーとして、何度も同じステージで一緒に演奏した間柄でした。
謹んでご冥福をお祈り致します。
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/129450/16662139
この記事へのトラックバック一覧です: 訃報:

コメント
その方、数ヶ月前にもしかするとフィルの練習のお手伝いに来られた方です。。。
ビックリしました。
近くの人が亡くなるのは、しかも病気でなくて。
辛いです。
ご冥福をお祈りします。
投稿 ゆきっこ | 2007年10月 5日 (金) 18時12分
僕も大変驚き ショックでした…
楽器から一時遠ざかりかけた時に
御一緒させていただき
楽しそうにドラムを叩く斎藤博彦さんをみて
すっかりファンになったんですが…
謹んで御冥福をお祈りします。
投稿 chan | 2007年10月 5日 (金) 22時19分
通夜から帰ってきてワインを一本開けました。
気分は斎藤さんと飲んだつもりです。
何というか、明るい雰囲気の通夜式でした。
奥さんが笑顔で出迎えてくれて、故人の事を振り返って「充実した人生でした。」と言ってくださったのが何よりも救いです。
BGMはず~っとピアノトリオ。導師はファンキーのリーダーのご住職。弔問客はファンキーのコンサートでも揃わないような歴史を物語る顔ぶれ。
さすがにお焼香では泣き顔も多くありましたが、BGMのお陰か暗い雰囲気ではない。
最後にお顔を拝見してきました。なんと!スティックを抱いている。
この姿にやられて涙が出てしまいました。それまでは潤むこともなかったのに。
自分の時には、何を抱いて棺桶に入るのが良いか真剣に考えてます。(笑)
思えば一年ほど前に、豊前田のバーでばったりあったのが言葉を交わした最後になってしまいました。「ファンキーに早く戻ってこい。オレは味方だからな!」確かそのような言葉でした。
そのときはまた一緒に演奏出来ると思ってました。
ついにそのときが来なくなるとは。
本当に悔やみ切れません。
投稿 Hybrid | 2007年10月 5日 (金) 23時50分
遅い書き込みでごめんなさい。
10月5日の文章を読んだところで、涙が出てきました。
お通夜では泣かなかった私なのに・・・。
ニュースで事故を知ったときの私の驚きは、すでに直接メッセージに書いたけれど、バンマスのお経を聞きながら、バンマスは私よりもっとつらいだろうと思いました。
ファンキーを支えてきた斉藤さんだけに、ね。
ほんと、あのお通夜で何年ぶりかで再会できたメンバーもいて、ファンキーの歴史を物語る顔ぶれでしたね。
斉藤さんとの会話で、特に印象に残っているのは、小倉のBBのライブで、ファンキーで演奏する曲の選曲について話したときのことです。
私がラッパのリードを十分に吹けないから、
「(ベイシーは難しいので)もっと易しい編曲のものを選ぶべき。」
と斉藤さんに言ったところ、
「(ビッグバンドで)もう10年も吹いてるんだから、そんなことを言わないで。
自分だって、できないと思いながらドラムを叩くこともあるんよ。
でも、できないって口にしたらそれで終わりだから(できないなんて言わないこと)。」
と、斉藤さん。
私から見ると、ベテランで、自信を持って叩いているように見える人の言葉だっただけに、彼でも演奏技術で弱気になることもあるのかと意外だったので、今でもよく覚えています。
故人のご冥福をお祈りいたします。
p.s.棺桶はやっぱり「ウッドベース型」でしょう。
特注になるけど。
投稿 TOKO | 2007年10月20日 (土) 01時53分
斎藤さんは物凄く上手いタイプではなかったと思いますが、音楽を真剣に愛している人でした。
音楽と同様に一緒に演奏する仲間も大事に考えてくれる、頼れる先輩だっただけに慕っている人も多かったと思います。
ファンキーの初期から在籍して支えてきた人だし、下関の音楽史に残る活躍をした人だと思います。
しかし、斎藤さんが亡くなったから何かが止まるようなことではいけないと思います。それこそ浮かばれない。
今からが勝負だと思います。ファンキーのドラマーは今は誰ですか?
p.s.
ウッドベース型棺桶は無理があると思うので、代わりに蓋にf字ホールを空けてくれ。
そして、FenderとRolandとSpectorとHaynesとムラマツとTakamineとMorrisとIbanezとYAMAHAのステッカーを貼ってくれ。おっと!BOSEとCanonも!ついでにIntelとMicrosoftも。忘れちゃいけない東芝とSONYとSUBARUも!
投稿 Hybrid | 2007年10月20日 (土) 07時28分
現在、ドラマーはA南さんです。
山口のライブハウス「ポルシェ」や、北九州のライブハウスで活躍されている方です。
お通夜の時、作業服姿で参列されていて、ゆみゆみちゃんと来ていましたが。。。
あれ?
確か、Hybridさんご夫婦と私の間に座ってましたよ!?
では今から私は練習に行ってきます。
棺の前で斉藤さんに、「頑張ります!」と誓ったからには、ね。
早くリードで1人立ちできるようにならねば!
投稿 TOKO | 2007年10月21日 (日) 18時09分
A南君は知ってます。一緒に何度かライブもしましたよ!
ファンキーにどの程度の頻度で行ってるのかは分からなかったし、もしかしたらN重さんの可能性もあるかな?と思ったので。
ファンキーに足が向かないのはなんでだろ?
日曜日は唐戸の法福寺で和楽器とジャズのコラボでコンサートしてました。
その内復帰します。
投稿 Hybrid | 2007年10月23日 (火) 22時15分
亡くなった..............とは、只今偶然Hybrid君のブログを見つけて唖然とし、とりあえず急遽、車屋鉄チャンに電話して確認したけど...........なんと。
Hybrid君、Funky関係者の皆さん、お判り?相変わらず南の獄門島に流罪となっている旧メンバー(Bsax)です。当地のJazzClubのオーナーがエラク大石氏を気に入ってしまい、「呼びたい!呼びたい!」と合う度に言われてまして、この件で斉藤氏にメールを送るが返事が来ない、きっと何回もオシャカになった話なので怒ってるだろうな~~、電話しちゃおうかな~~といつも考えてたんだけど。繋がる筈もないか...............
追悼コンサート、行けたら行きたいな。
こちらでも地元のBANDに加入して5月11日には野外コンサート。また最近はP/Cで編曲やるのにハマリダシテ、7月に20人ぐらいの弦楽器をバックに自分のSAXをフロントに据える曲をアレンジ中。SAXカルテットも自分のアレンジで始めてみてます。でもでも.........こうして
忙しくしている間に下関帰った時「ただいま」を言う人が又一人いなくなった。
FUNKYのみんな、オイラが帰るまでガンバッテネ、また派手にやろよ!!
合掌
投稿 南国太郎菊乃介 | 2008年4月17日 (木) 18時01分
御無沙汰しております。
M国さんですよね?
そちらまでは連絡行ってなかったんですね。
追悼ライブには、ぜひ合わせて帰ってきてください。
いろいろな人が集まるのも斎藤さんの人徳だと思います。一緒に演奏しましょう!
投稿 Hybrid | 2008年4月17日 (木) 22時25分